大発見までの道のり

ニトログリセリンは、体内でNOに代謝される。発見したときは大変驚きましたね。

師弟関係の始まりは一通の手紙

林先生:私がイグナロ先生に初めてお目にかかってから、はや20年以上にもなります。ふだん先生は「自分のことはルーと呼んでくれ」とおっしゃっていますが、この機会に改めてお伺いしたいこともたくさんありますし、今日は襟を正して、イグナロ先生と呼ばせていただきますね。

イグナロ博士:分かりました。では、私も林先生と呼ぶことにしましょう(笑)。

林先生:これまで、たびたび来日されていますが、初めて日本にいらしたのはいつ頃でしたか?

イグナロ博士:1982年、場所はたぶん東京だったと記憶しています。お招きいただいたことで、比較的早い時期から、日本でも研究内容について発表する機会を得ました。今までに35回くらい来ています。日本に来たときの多くは講演や研究の打ち合わせのみでのとんぼ返りですが、時には仕事だけでなく、観光もしています。林先生はじめ、みなさんのおかげで、札幌、京都、奈良、浜松、福岡、熊本などに行き、日本の美しい場所を見学しました。仙台にも行きましたが、今回の東日本大震災で被災して、大きな被害が出ていると聞いてとても心配しています。

林先生:私がUCLAに行ったのは1991年でしたが、まだ大学院生だった88年、イグナロ先生の論文を読ませていただき、非常に感銘を受けたのがきっかけでした。ぜひ先生のところで勉強したいと90年に手紙を書いたのです。

イグナロ博士:私にしても、臨床医から、かつ日本人からと初めてづくしの手紙だったね。

林 登志雄

ノーベル賞を受賞した研究のきっかけ

林先生:イグナロ先生の論文と出会う数年前でしたが、ファーチゴット先生等の別の研究チームがアセチルコリンによる血管の収縮拡張反応が内皮の有無で決まる、つまり内皮から生産される弛緩物質によって生じることを報告されて興味を持ちました。その弛緩物質がNOというガスである事をイグナロ先生が非常に新鮮なテクニックで証明されました。当時は、タンパク質の研究が非常に盛んなときでした。酸素以外のガスが実際に血管を広げたりするということがとても面白くて、ある意味で衝撃的でした。先生はどうしてNOの研究を始めようと思われたのですか?ぜひともお聞きしたいところです。


イグナロ博士:なぜNOの研究を始めたかというと、きっかけはニトログリセリンなのです。心臓疾患にとても効果がある薬として、100年以上も前から使われてきたものですが、なぜ降圧作用を持っているのか誰も知らなかったわけです。ニトロは爆発物でもありますから、爆発物がなぜ健康に良いのか興味がありました。そこで私の研究所で調べてみると、ニトログリセリンが体内で代謝されてNOになることが分かったわけです。

林先生:NOというと、一般には排気ガスなどをイメージされることが多いと思います。しかし、排気ガスではなく、あくまでニトログリセリンがきっかけだったわけですね?

イグナロ博士:そうです。ニトログリセリンからNOになることを発見したときは、非常に驚きました。理由はたくさんありますが、まず一番にはNOが気体であること。しかも、それが体内で降圧作用を持つことに驚きました。

困難だったNOを測定する作業

林先生:100年以上の間薬として使われてきたのに、ニトログリセリンの生理機能の研究が進んでいなかったことには、どのようなハードルがあったのでしょうか?

イグナロ博士:長年多くの研究者たちが解明すべく挑戦してきたにも関わらず、解明されていなかったのですから、非常に難しいテーマだったわけです。しかし、私には化学者としてのバックグラウンドがありました。比較的早い段階からNOになるのではないかと想像していました。あとは我々の研究室で、いかに研究して実証するかでした。

林先生:研究を進める上で、一番難しかったのはどんなことでしたか?

イグナロ博士:最も困難だったのは、NOを測定する良い技術がなかったことです。ご存じのようにNOは、排気ガスということもあって大気中にもたくさんありますが、研究対象になるような一般的な気体ではなかったわけです。まず、我々はいろいろな文献を読んで、政府機関がどのように大気中のNOのレベルを測っているのかを調査しました。大気の汚染状況をみるために測られていたNOの測定方法を調べ、実際に使われているのと同じような装置を購入したのです。非常に高価なものでしたが、これを用いて試験管中のNOを測定しました。

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