研究会:1局終えるのに時間は平均どれくらいかかるのですか。
桝:アマチュアの大会では一日に4局ぐらいやりますから、1局の持ち時間が決まっていて大体一人40~50分ぐらい。時間の配分も結構むずかしいんですよ。最初にあまり時間を使うと途中で時間切れで負けてしまいます。
研究会:時間の使い方にもバランス感覚がいるわけですね。
桝:囲碁はバランス感覚がすべてといっていいくらい重要なんです。碁盤には19×19の交点があり、石を置く場所は361あります。その盤面の一部にこだわっていると、いつのまにか他で損をしていたりします。あっちで損してもこっちで得をすればよい、こっちの石を捨ててあっちを生かす、常に広く見渡す「大局観」が大切なんです。
研究会:それは人間関係にも役立ちそうですね。
桝:囲碁は相手の心理を読み取り、それに応じた打ち方をすることも必要です。碁の打ち方を「棋風」というんですが、棋風にはその人の内面が出ます。ふだん積極的で活発に見える方が実は慎重な碁を打ったり、逆におとなしく見える方が非常に激しい「切った張った」の碁を打ったりと、その方の本性が出るんです。
研究会:恋愛関係にも役立ちそう。
桝: そうそう、囲碁カップルって多いんですよ。対戦すると初めての相手でもその内面がわかるし相性の良し悪しも大体わかりますから。それと囲碁の場合は対局が終わった後に「検討」といってゲームの反省会みたいなことをするんですが、そこで会話が生まれたり、そのあと皆さんで飲みに行ったりすることもあるし。囲碁はコミュニケーションンツールでもあります。
研究会:そういえばこの囲碁サロンにはバーカウンターもあって生ビールもある。
桝:私もイゴアミーゴで人間関係が広がりました。自分を囲碁の世界で生かしたいという気持ちが強くなって、とうとう転職までして人生も変わりました。碁で知り合う仲間は子供からお年寄りまでと年齢層も広いし肩書や男女差も関係ありません。
研究会:男性と女性の棋風に違いはありますか?
桝:一般的に言われることなんですが、男性はほどほどの碁といいますか、どちらかといえば穏やかな棋風。地道に陣地を広げて、最後は(陣地の数を)52対48とか"数えて終わる"碁です。一方、女性は大勝ちするか大負けするかになりがち。「殺しに行く」「全滅させる」というような激しい碁です。最後まで行かずに途中で「投了」という形で終わることも多いようです。
研究会:女性の方が激しい碁なんですね。それは強い弱いに関わらずそういう傾向にあるということですか。
桝:碁のレベルに関係なく、アマでもプロでもそういう傾向が見えると言われています。私自身も途中で投げることがありますが、どこで投げるかそのタイミングを考えると、途中で泣きそうになることもあります。
研究会:"投げる"とは?
桝:勝負を下りる、参りましたと負けを認めること、投了ですね。逆転不可能とわかっている時にどこで投げるか、そのタイミングには武士道に通じるものがあって、変な時に「投げる」ことはしにくいんですね。で、「ここに置かれたら投げよう」と途中で考え出すんですが、それは・・・。
研究会:泣くほど悔しいんですね(笑)。
桝:悔しいです。自分への怒りです。子どもは大体負けると泣きますね。泣くほうが伸びるとも言います。
研究会:負けることで成長するんですね。
桝:「白黒つける」という言葉も囲碁から来ているように、碁は「勝った負けた」がはっきりしている世界です。最近は学校生活でも勝ち負けをつけることが少なくなっていますよね。だからせめて囲碁の世界で勝負の悔しさや喜びを経験するのはいいことだと私は思います。
研究会:囲碁に集中できないときもありますか。
桝:私の場合は職場でもありますから、あのテーブルにお茶は行っているだろうか、とかそういうことが気になることもあります(笑)。でも集中し始めると周りがどんな状況でも気にならなくなるのが囲碁なんです。
研究会:仕事や人間関係で悩みを抱えている時でも、囲碁に没頭することはできますか?
桝:たとえ悩みがあっても、その時間だけは集中して頭を切り替えることでリフレッシュできるのが囲碁のいいところです。実は昨年の大震災の直後も、あえて囲碁サロンを開けたんです。たまたま岩手からお仕事でこちらにいらしていた方で、ご家族と連絡が取れず心労でいっぱいでいらしたのですが、こんな時だからこそ碁でもやっていないとおかしくなりそうだと来てくださいました。
研究会:今はカフェや電車の中でも碁を楽しめるそうですね。
桝:持ち運びできる携帯碁盤もあるんです。だから碁会所でなくても相手がいればカフェなんかでさっと取り出してできますよ。今はスマホやアイパッドが人気ですね。私も電車の中で友達とアイパッドで碁をやったことがあります。気軽に始められますので、まずはどんな方法でも、一度碁の世界をのぞいてみてください。
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