研究者に伝えたいこと

周囲の人たちがみんな友人になったことも、ノーベル賞の受賞が私にもたらした大きな変化の1つかもしれません(笑)。

研究で心がけるのはオープンマインド

林先生:研究をされる際、一番大切にされているのはどのようなことですか?

ルイス・J・イグナロ博士

イグナロ博士:心掛けているのは、"オープンマインド"ということです。研究をする人たちが知っておかなければならないのは、すべての実験が成功するわけではないということです。失敗する実験もたくさんあります。そこで我々は、時間をかけて出てきたデータを評価し、何がうまくいって、どうしてうまくいかなかったかを考える。 これを継続的に行っていくことが非常に重要です。研究室で働く学生たち、フェローの人たちと、十分コミュニケーションをはかり、彼らが何をすべきか伝えることも大事です。とくに失敗した場合や、作業がうまくいかなかったりした場合などに、フラストレーションを溜めないように、きちんとコミュニケーションをはかっていくことが大事です。 研究室での私の立場というのは指導者であり、研究室の室長でもあるわけですが、つねに新メンバーを教育していく、正しい方向に導いていくことが重要であると考えています。時間をかけてデータを評価する、実験プランを立てる、成果に関しては論文発表の原稿を書く、研究費用を募るという作業もあります。それぞれが時間をかけて行うことなので、ハードワークですし、かけた時間だけ十分な報酬がもらえるわけではありませんが。


新発見はエキサイティングである

林先生:最近の日本では、「若い人を褒めて伸ばすことは是か非か」といった議論があります。ご自身は厳しい先生だと思いますか?優しい先生ですか?私がご指導いただいたころは、とても優しい先生だったと記憶していますが(笑)。

イグナロ博士:私自身が、学生に厳しい教師だったことは1度もありませんよ。つねに、研究はエキサイティングである、新発見はエキサイティングであると、若い研究者たちを励ましてきました。ただ、研究という作業は、とてもフラストレーションが溜まりますし、研究を続ける資金を確保する心配もあります。おまけに研究成果が出ても、評価の高い専門誌に論文を載せることは容易ではないわけです。 若い研究者は、「こんな状況なのに、どうして研究を続けなければならないのだろうか」と考えがちです。私は彼らに、「人類のためになる発見は、自分にとっても満足がいくものだよ」と伝えるようにしています。 まさに私自身が研究を続ける動機でもあるわけで、すでに40年間、毎日それを考えながら研究を続けています。新しい発見によって、人々が健康な長寿を享受していけるとつねに教えています。教え方も非常にフレンドリーで、リラックスした環境の中で教えるようにしています。

林 登志雄

林先生:古い話で恐縮ですが、私の留学時代にも週1回くらい先生に時間をとっていただき、研究の進捗状況などお話し具体的な指導を頂いていた記憶があります。グループでやるときもありましたが、マンツーマンでやらせていただいたこともありました。結果が出ないときでも、可能性を示唆されて、「ガンバレ、ガンバレ」と励ましていただきました。「これが出来れば、世の中の役に立つのだから」と、冗談を交えながらつねに勇気を与えていただきました。 UCLAで行う講義でも、毎年のように学生から優秀賞をいただいているそうですね。今も講演をされる際は、必ず会場の下見をされてから、話の起承転結を考えていらっしゃる。私も学生を指導するときの参考にしています。


イグナロ博士:いえいえ。林先生の研究室も何度も訪れていますが、先生も素晴らしい先生ですよ(笑)。

ノーベル賞受賞でおきた周囲の変化

林先生:歳月が経つのは早いもので、先生がノーベル賞を受賞されてから今年で13年にもなります。その間、何か大きく変わった点で強調すべきはどこでしょう?

イグナロ博士:たくさんの変化がありました。でも、大半の変化は、良い方向に変わったということです。ノーベル賞をとった後の大きな変化の1つとしては、周りにいる人、みんなが私の友人になったということです(笑)。 研究成果を専門誌に発表しやすくなったこと。研究費用の調達が容易になったこと。私を信じてくれる人が増えて、生活しやすくなったと言えます。その一方、難しくなったこともあります。研究以外に要求される事柄が非常に多くなったことです。 世界の多くの国に特別講演者として招かれるようになり、いろいろな国へと赴いています。各国の厚生省や厚生労働省などから、「この国の研究をよくするためにはどうすれば良いですか?」などと、助言を求められることがとても多くなりました。自国のノーベル賞受賞者を増やそうと考えているのでしょう。40年間、ずっと研究と教育に携わってきた経験を活かせればと思い、現在はアドバイザーや講演も精力的に行っています。

これからのNO研究に期待すること

林先生:今後もNOの研究で新しい発見があったり、さまざまな医療、健康法などに応用される可能性が出てくると思います。どんなことに期待しますか?

イグナロ博士・林 登志雄

イグナロ博士:多くのことをこのNOの新発見をきっかけに期待していますが、NOをベースにした新薬開発は、その中でも大きなもののひとつです。NOと生体の関係というのは、研究が始まってから日が浅い、比較的若い研究分野です。新薬は、研究が始まってから何十年と時間が経たないと世の中に出てこないのが通常ですので、現在も多くの製薬会社が、NOの産生を増やすため薬剤の研究をしています。心臓疾患だけでなく、アルツハイマー病、緑内障、消化管疾患や癌までもがターゲットになっています。また、すでに開発された薬剤の中には、かの有名なバイアグラがあります。研究成果が非常に大切な薬剤の開発につながった良い例だと思いますが、他にも大切な機能があることを多くの方に知っていただきたいので、他の新薬も早く製品化されることを願っています。 もちろん、私の願いは新薬の開発だけではありません。体に関する理解を深めて、NOの利点をしっかりと活用することも重要です。その知識があれば、NOを増加させるために健康的な食生活、運動が重要であることも分かるわけです。また、新薬の発売を待つまでもなく、栄養補助食品やアミノ酸や抗酸化物質を、今すぐ取り入れることが可能であるのも分かります。これを読まれた皆さんは、今すぐにでも健康的な生活を始めることができるのではないでしょうか。


林先生:本日はありがとうございました。

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